Cell Host Microbe. 28(3):380-389.e9. 2020
腸管内には細菌やウイルスをはじめとした常在微生物叢が存在し、宿主の健康に大きな影響を与えている。次世代シークエンサーをはじめとしたゲノム解析技術の進歩に伴い、腸内細菌叢の乱れとさまざまな疾患との関係性が明らかとなってきた。さらに疾患の発症と直接的に関わる腸内共生病原菌も多数発見され、その疾患に対する新規予防法・治療薬開発プラットフォーム構築に繋がっている。しかし、抗菌薬の使用は腸内細菌の乱れを助長する可能性がある。そのため、抗菌薬に代わり腸内共生病原菌だけを特異的に排除できる方法が求められている。
腸管の常在ウイルス叢を主に構成しているのは腸内ファージである。腸内ファージは腸内細菌を宿主とし、腸内細菌を介して腸管の恒常性の維持に寄与している。しかし、宿主となる腸内細菌の単離や培養ができない場合は、その腸内細菌に感染するファージを単離することが難しく、また腸内細菌とは異なりこれまで腸内ファージゲノムの解析手法が世界的に確立されていなかったことなどから、ヒト腸内ファージの全貌はこれまで明らかではなかった。日本人健常者の腸内細菌叢および腸内ウイルス叢の膨大なゲノムデータを用いて独自の腸内ファージゲノム解析パイプラインを確立し、世界で初めてヒト腸内ファージゲノムのデータベースを作成した。
このデータベースを用いて腸内細菌と腸内ファージの宿主寄生体関係を網羅的に解析し、世界中で薬剤耐性化が進み院内感染の脅威となっているClostridioides difficileに特異的な新規溶菌酵素を複数同定した。これらの溶菌酵素が、in vitroで溶菌活性を有すること、またC. difficile感染マウスモデルにおいて効果があることを示した。
本研究で示した次世代ファージ療法は、宿主菌の培養やファージの単離を一切伴わないハイスループットの手法である。様々な標的菌に対して応用性も高く、非常に効率的である(図1)。
腸管内の常在ウイルス(ファージ)に興味を持ち、本研究を始めました。ところが、腸内ファージのリファレンスゲノムの整備が世界的に進んでおらず、メタゲノムシークエンスリードを既知のファージゲノムデータベースを用いて相同性解析を行っても、そのほとんどが未知の腸内ファージとして検出されるという状況に悩まされました(この状況は、「Viral Dark Matter(腸管内に暗黒物質がある)」という言葉で世界中の研究者たちが表現しています)。ヒト腸内ファージの全貌を明らかにしたいという強い気持ちを持ちながら、解析手法を地道に確立し、ようやく腸内細菌と腸内ファージの宿主寄生体関係を明らかにすることができるようになってきました。腸内共生病原菌に対するファージ療法の実用化を目指しています。