Cell(オンライン版:4月30日)
21世紀に入りゲノムワイド関連解析(GWAS)が盛んに行われるようになり、多くの疾患感受性遺伝子多型が報告されてきている。しかしながら、その多型がどのように疾患発症に関わるかというメカニズムの解明には容易には直結していない現状がある。
本研究では、代表的な10の免疫疾患患者(全身性エリテマトーデス、炎症性筋疾患、全身性強皮症、混合性結合組織病、シェーグレン症候群、関節リウマチ、ベーチェット病、成人発症Still病、ANCA関連血管炎、高安動脈炎)および健常人、計416例の末梢血からゲノムDNAを回収すると同時に、28種類に及ぶ免疫担当細胞9,852サンプルをセルソーターで分取してRNAシーケンスにより得られた遺伝子発現量データよりなる大規模な日本人のデータベース『ImmuNexUT』(Immune cell gene expression atlas from the University of Tokyo)を構築し、eQTL (expression quantitative trait loci:発現量的形質遺伝子座)解析を行った。eQTLとは遺伝子発現量に影響を与える遺伝子多型のことを指す(図)。GWASで同定された疾患感受性多型がeQTLであった場合、中間形質としてのmRNA転写、タンパク質への翻訳を介して、最終的な形質としての病態に影響を与えることが想定される。
本研究で観察した免疫担当細胞はそれぞれ固有のeQTLを有し、健常人と免疫疾患を比較すると免疫疾患に特異的なeQTLが検出された。また、細胞種毎のeQTL効果量が、インターフェロンシグナルや細胞周期などに依存して変化することが確認された。このことは、炎症状態といった生体内の環境により、遺伝的バックグラウンドに依存する遺伝子発現量が、細胞種特異的に精緻に調整されることを示している。
28種に及ぶ細胞種毎のeQTLデータを有するImmuNexUTデータベースは、GWASデータと組合せた解析を行うことで、疾患発症において重要な役割を果たす細胞種および遺伝子の同定が可能となる。LDスコア回帰法を用いてGWASデータと細胞種特異的eQTLの関連解析を行ったところ、炎症性腸疾患なども含めた様々な免疫疾患の発症に、それぞれ異なる免疫担当細胞が関与することが明らかとなった。さらに、日本人のSLE GWASデータとImmuNexUTのeQTLデータの一致について解析を行い、SLE発症に関わる多くの候補遺伝子と、それに関わる免疫担当細胞まで明らかとした。興味深いことに、同一遺伝子に対するeQTL効果の向きが細胞種により異なるものもあり、このことは、細胞種特異的なeQTL効果に関する情報が、疾患発症における各種免疫担当細胞の機能解明に資することを示唆している。本論文における解析アプローチは、免疫担当細胞が関わる感染症、癌など幅広い疾患の病態解明にも役立つことが期待される。
本論文作成までの道のり
遺伝子多型が遺伝子発現にどのような影響を及ぼすかの理解は、疾患発症のメカニズムを解明する上で非常に重要となります。しかしながら、これまでゲノム機能のデータベース(DB)の多くは欧米人主体に作成されてきており、アジア人とのゲノム構造の違いが課題となっていました。そこで我々は免疫疾患の病態解明を目的とし、過去の報告(DICE database(91例 x 13免疫細胞)、BLUEPRINT (197例 x 3免疫細胞))を大きく上回る大規模なeQTLデータベース『ImmuNexUT』を構築しました(公開ウェブサイト: https://www.immunexut.org/)。
ImmuNexUTは本学アレルギー・リウマチ内科 藤尾圭志教授により着手され、2018年4月には社会連携講座「免疫疾患機能ゲノム学講座」を設立し、その拡充が進められてきました。本項では、免疫疾患機能ゲノム学講座の太田峰人 特任助教を中心として解析結果をまとめた論文をご紹介させていただきました。
本DBの構築には、倫理審査を含めた倫理面の整備から始まり、viabilityを保つ検体処理方法の確立、フローサイトメトリーの染色パネル設定から細胞分取、検体の匿名化、スパコンを使用した解析環境整備から解析モデルの構築と、多くの学際的課題をクリアする必要がありました。また、疾患毎にチームを組むことで、連絡から同意取得、臨床情報の取得までを行ってきました。検体をご提供いただきました皆様には、心より感謝申し上げます。
ImmuNexUTの構築は、臨床からwet解析、dry解析まで一貫した教育・研究環境の基盤構築にも繋がりました。現在は、本研究成果を用いた新たな患者層別化から個別化医療の実現に向けた新規創薬ターゲットの探索を進めています。また、ImmuNexUTを様々な疾患・形質のゲノム研究と組み合わせることで、免疫担当細胞の関わる幅広い疾患の病態解明も目指すという取り組みにも着手しています。引き続き社会還元可能な研究を進めていきたいと考えております。
アレルギー・リウマチ内科 藤尾圭志 教授 (最前列左から4番目)
免疫疾患機能ゲノム学講座 論文著者 太田峰人 (2列目左から3番目)、論文紹介者 岡村僚久 (最前列 右端)