研究者 文献紹介

究者 文献紹介

赤崎幸穂先生
論文タイトル
GRK5 の阻害は、NF-κB経路を制御することにより軟骨の変性を抑制する
論文著者
Sueishi T, Akasaki Y, Goto N, Kurakazu I, Toya M, Kuwahara M, Uchida T, Hayashida M, Tsushima H, Bekki H, Lotz MK, Nakashima Y.
GRK5 Inhibition Attenuates Cartilage Degradation via Decreased NF-κB Signalling.
Arthritis and Rheumatology. 2020 Apr;72(4):620-631.
論文の概要

NF-κB経路は、細胞の生存、分化、炎症などを介して変形性関節症(以下OA)の病態生理に広く関与することが報告されており、NF-κB経路を阻害する標的戦略はOA治療の有望な選択肢である。しかしながら、これまで直接的に阻害するアプローチでは臨床治療に活かせておらず、OA病態に特異的な機序を介した阻害が必要と考えた。

本研究で着目したG protein-coupled receptor kinase 5 (GRK5)は、全身の細胞に遍在的に発現しNF-κB シグナルの活性を正方向に制御し、心肥大、敗血症、アルツハイマー病、および癌を含む病因における重要なキナーゼであると提唱されている。さらに、自験例でヒトOA軟骨では正常軟骨と比較し、GRK5の発現が著明に亢進していたこと(図1)が本研究の発起となった。

OA病態に関与するGRK5の機能の重要性は、ヒト及びマウスの軟骨細胞を用いてgain-及びloss-of-function実験で分析した。ヒトOA軟骨細胞においてGRK5遺伝子発現を抑制させると、LPS刺激に反応するNF-κBの活性が抑えられ、その下流の炎症性因子の発現も低下した。逆にGRK5を過剰発現させると、NF-κBは活性化され、下流の因子の発現が有意に上昇した。さらに、GRK5ノックアウトマウスの軟骨細胞において、IκBαのリン酸化とp65の核への移行が減少した。これらの結果より、OA病態において特異的に発現亢進したGRK5は、NF-κBの上流で機能し、病態悪化因子であることを証明した。

続いて、GRK5がOAの病因因子であり、その阻害薬がOA治療薬となりうることを明らかにした。内側半月板前角切離によるOAモデルでは、ノックアウトマウスは野生型マウスに比し、組織学的な軟骨変性が有意に抑制された。さらに、野生型マウスのOAモデルにGRK5阻害薬であるアンレキサノクスを膝関節内に投与した結果、vehicle群に比しOAの軟骨変性進行は有意に抑制された。この結果より、GRK5阻害薬は、NF-κB経路による異化反応を介した軟骨変性を制御することによってOA治療薬となり得ることが示唆された。本研究で使用したGRK5阻害薬であるアンレキサノクスはOA治療薬における重要な化合物となる。

著者より一言

OAの病態因子として報告されている因子は幾多とありますが、実臨床で疾患修飾OA治療薬として製薬化まで至っているものはありません。現状では、多くの製薬企業が求めるOA治療の新薬は再生効果、すなわち変性軟骨がもとに戻る効果を期待するものです。しかしながら、OAの病態を考えると、いくら軟骨のみを再生できたとしても、再生軟骨はいずれ変性することになります。またOAにおける再生反応には有害な骨棘形成があります。アカデミアと製薬企業のギャップがOA治療において新薬が生まれにくいことの一因と考えます。例えば、関節リウマチでは次々と標的治療の新薬が市場にでてますが、主要な治療効果は寛解までの活動性の抑制効果で十分であり、再生効果は今のところ副次的なものです。OAにおいては、軟骨変性抑制、関節水腫の消失、疼痛の軽快がRAでの寛解にあたります。OAの薬物治療が進歩するには、まずはOAの進行を抑制できる治療薬の選択肢が増えること、その後に再生まで期待できる作用を探ることが必要と考えます。

本研究は、The Scrips Research Instituteでの海外留学を終え、九州大学整形外科に赴任後に最初に立ち上げた研究です。最終的な治療薬開発の可能性を念頭に、ヒト軟骨サンプルでOA軟骨に特異的な因子、遺伝子改変マウスが入手できる、治療薬となる化合物(できれば既存薬)があるという条件で見つけたのがGRK5でした。実験の大部分を担当した筆頭著者の居石卓也先生と研究グループのメンバー(図2)、ヒト軟骨を提供いただいたMartin Lotz教授のおかげで論文発表はもとより、本研究で使用したアンレキサノクスを原薬としたOA治療薬の開発につなぐことができています。医師主導治験までのロードマップの完遂によってOA新薬を世に出すことが本研究のゴールです。

 

(図1)OAでは軟骨細胞がGRK5陽性となる。
(図2)研究グループメンバーとの写真。下段左から2番目が著者
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