ノックアウトマウス研究によって疾患モデルマウスの病態解明は飛躍的に進歩した。しかし、ヒトとマウスの病態には多くの相違点があるため、ヒトを対象とした研究が近年重視されている。ゲノムワイド関連解析によって同定されたリスク多型は、ヒト疾患の発症原因を調査できる貴重な解析ツールである。自己免疫疾患は原因不明の難病であるが、リスク多型の機能解析によって、その病態解明のヒントが少しずつ得られている。自己免疫疾患のゲノムワイド関連解析の特徴は、HLA遺伝子領域の強力なシグナルである。例えば、HLAリスク多型は関節リウマチの遺伝的リスクの約半分を説明する。このような重要なリスク因子であるにも関わらず、HLAリスク多型が免疫システムに与える影響は、十分に解明されていなかった。T細胞受容体は、T細胞の細胞膜上に発現する抗原受容体であり、HLA分子上に提示された抗原を認識する。特に、Complementary Determining Region 3 (CDR3)領域が抗原を直接認識し、多様な配列パターンを有し、自己・非自己抗原を識別に重要である。この識別異常により惹起された自己免疫応答が、発症早期の自己免疫疾患の特徴的な病態であると考えられている。我々は独自の解析手法を考案し、HLAリスク多型とT細胞受容体の配列パターンとの関連を網羅的に解析した。この解析によって、自己免疫疾患のHLAリスク多型が、T細胞受容体のCDR3配列パターンに強く影響することを確認した。そして、HLAリスク多型により修飾されたCDR3配列パターンが病原性抗原(シトルリン化抗原など)の認識に関連していることを示した。以上より、HLAリスク多型は胸腺におけるT細胞受容体レパトアの形成に影響を与え、自己免疫疾患の発症リスクを高めることが示唆された。
本研究は、筆者がHarvard Medical SchoolのThe Raychaudhuri Lab (https://immunogenomics.hms.harvard.edu/)に留学した際に行なった研究の成果です。筆者は留学前からT細胞受容体研究に精通しており、一方、Dr.RaychaudhuriはHLAリスク多型解析の専門家でした。留学した時点では研究テーマが未定の状態でしたが、両者の専門性を生かした研究ゴールを設定できたのは幸運でした。本研究はほぼ全て公共データ(誰でも自由に利用できるデータ)を用いた研究でした。データを専有するadvantageがない中で、研究アイデアだけで論文化することができたことは、data scientistとして非常に嬉しく感じています。実は、筆者は大学院生時代に関節リウマチ患者から抗原特異的TCRをクローニングするWet研究を行なっていました。そのため、本研究でシトルリン化抗原特異的TCRデータを共有してくれたBenaroya instituteの研究に当時は強い関心を持っていました。5年以上の時を経て、留学先でBenaroya instituteの研究者達と共同研究できたことも非常に感慨深いと感じています。
各TCR配列における、HLAリスク多型と関連したCDR3配列パターンの集積がCDR3リスクスコアである。関節リウマチにおいて病原性抗原(シトルリン化抗原)を認識するTCRはCDR3リスクスコアが高いことを確認した。つまり、HLAリスク多型により修飾されたCDR3配列パターンが病原性抗原の認識に関連していることが示唆された。
前列左端がPIのDr.Raychaudhuri、後列右から2番目が著者